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デモは確実に民主化のタネを蒔いた | AMG Wealth Management - 資産運用アドバイザー
Ogura Manabu

今回の民主化デモについて、香港と中国共産党との関係など政治的な方向は既に語り尽くされているので個人的な方向で。

催涙ガスが投げられた9月28日

 

周永康

 

香港に住み始めたころ、近くにあった香港大学の図書館に週末よく通っていた。香港大学は香港の最高学府でもある。日本でいう東大のような存在だ。僕は香港大学に何の縁もゆかりもないが、外部者はビジターとして年間HKD4,000で図書館に24時間出入り自由、本借り放題…という制度があった。

利用料は高いが、週末にわざわざ遠くの市民図書館まで足を伸ばせるほど自分の意思は強くないと判断した僕は、迷わずビジターに申し込んだ。全く金融や経済と関係のない本を借りて、図書館に隣接しているスターバックスでアメリカンをすすりながらボーッと過ごした。

8月のある週末の朝、あやうく返却期限が切れそうになった本を片手に中庭をダッシュで突っ切ろうとすると青空教室でもやっているのか、簡単な会議用のイスと机を学生たち数人が取り囲んで一心不乱に勉強をしていた。僕は1ページだけ本のコピーを取りたかったので、構内のコピー機に近づくとたまたまその集団の一人とコピー機の前で鉢合わせした。彼は50ページほどコピーを取るらしく、1ページの僕は先にコピーを取らせてもらった。香港大学のことを香港では港大というが、彼に港大生?と聞くと「そう、9月から」とその彼は言った。

聞けば、高校を卒業してから大学に入学する前に、大学の授業内容についての予習をしているとのことだった。たいして苦しくもなかった受験を、たいそう苦しいもののように感じて「大学でもまた勉強するのか〜」と憂鬱な気分になっていた小椋青年とは大違いだ。彼らは大学に入学する前から大学の勉強をしているのだ。

大学で良い成績を取って良い会社に入るというのが幸せなのかどうかは別として、彼らの中には日本人の大学生のほとんどが持ち合わせていないであろう前向きで健全な闘争心があったことには間違いはない。そんな彼らに興味が湧いて「バイトとか合コンとかしないの?」と聞いたら、「港大生がバイトなんかしてる余裕はない。毎日の課題とレポートで大変。一部本当に優秀な学生は家庭教師やってるみたい。ところで合コンって何?そんな不自然な出会い方するの、日本人は?」と逆に返された。

いわく「人生流されて溺れ死ぬか、戦うかのどちらかだ。自分みたいな才能のない人間は何かに打ち込まないと社会に役に立つ人間になれない」と18才の彼は滔々と語った。そればかりか、格差や政治、福祉などの社会問題や、港大生に社会が期待していること、それを全部踏まえてのキャリアプラン。 結局、僕は彼の50ページのコピーが終わるまで「ほぅ〜」と彼の話に聞き入ってしまった。18才が自分のこと、社会のことをきちんと語れるなんてスゲェと驚嘆しつつ羨ましくもあり、小さい時にちゃんと子供っぽさを発散できていたんだろうか、という心配もあり、また久しぶりに青年独特の燃え上がる青白い炎にあたって気分が良かったのもあった。

優等生もこれくらい突き抜けると嫌味な感じはない。むしろ清々しいし素直に尊敬した。何よりもこの国の人柱になる…という覚悟で入学式の前から彼は勉強している、という事実に心打たれた。自分は日本を背負おうとしたことなど一度も…

だから今回のデモで港大文学部の周永康がデモのリーダーの一人になったと聞いても何の違和感もなかった。港大にはそれくらいの気概を持ったヤツはいる。自由と民主を水と空気のように消費している日本人には見えてないもの彼らは見えている。残念ながら僕が周永康とキャンパス内ですれ違った可能性は限りなくゼロだ。僕が港大図書館に通っていたのは8年も前で、彼は中学生だったからだ。

意地悪な報道では周永康のことを過激分子のような言い方をする。しかしデモが始まる前から、彼は僕がダッシュで通り抜けた一中庭を何度も歩いたんだろうな、また一生懸命勉強して弁舌爽やかにあるべき香港の姿を周囲に語ったんだろうな、と想像すると少し楽しい。

 

黄之鋒(ジョシュア・ウォン)

 

年齢が若いというだけで取り上げられがちなジョシュア・ウォン。周永康と同じくきちんとした思想背景とディベート技術をもった恐るべき高校生だ。実は僕が今住んでいるマンション内の隣の棟のマンションに住んでいる高校生だ。

僕と彼が住んでいるところは香港島の南のAp Lei Chauというところで、いわゆるベッドタウンである。南に海が広がり、貨物船が目の前の海峡を行き来する。子供がいる家庭が多く、穏やかな日常が繰り返される。年寄りは、近くのショッピングモールに手すりが少ないことに文句を言い、若者はバスケットボールのコートが足りないと不満を言う。その穏やかな住人たちから自由や民主などという言葉が出てくるのは、お寿司と一緒にカレーが出てくるような奇異なイメージすらある。

Ap Lei Chauの住人は、その穏やかさが目的で移り住んでくるような人たちばかりだ。都会の喧騒が欲しい人には全くもって物足りない場所だ。 そのAp Lei Chauでジョシュア・ウォンが育ったとはにわかに信じがたいが、天からそういった能力が与えられる人は環境がどうあれその能力は開花するらしい。

2012年に彼が当時15才で率いた教科書運動。中国政府の愛国精神と共産党礼賛を教科書に入れるの洗脳だとして、政府にその計画を破棄させた。そして今回、民主化のリーダー格の一人となっている。彼があまりにも若いためにジョシュア・ウォンはアメリカに操られているとの陰謀説まで飛び出していた。実際にアメリカの政治団体は今回の民主化デモに少なくない資金を援助していたとの事実が明るみに出ている。

 

短期で失敗、長期で成功

 

港大での経験と近所に住んでるジョシュア・ウォン。この二つが自分の中で重なったとき不思議な安心感に包まれた。こういう、将来を真剣に思いやる若者と同じ国に住んでいる、また彼らが香港をこれから支えていくと感じれたことが大きな心の支えとなったからだ。香港人特有の「長いものには巻かれろ」式で中国に呑まれるのであればそれは抵抗できない、仕方のないことだという諦観が僕だけでなく周りの人にもあったと思う。

現在、バリケードは撤去され警察と周永康、黄之峰が率いる民主化デモ隊は激突している。警察の力は強大だし、残念ながら非暴力を貫くデモ隊は一両日中にその力に屈服せざるを得ないだろう。デモ隊の考えはどんどん先鋭化していっているし、当初応援していた多くの市民も現実の生活に影響がでてくると、だんだんとデモ隊の崇高な考えについていけなくなってしまっている。すなわち今回デモ隊が要求した民主化は満たされずに終わる。そういう意味では今回のデモは失敗だ。

デモのやり方が幼かった?そうかもね。民主化は時期尚早だった?そうかもね。香港市民の生活に影響をおよぼす前にデモを切り上げるべきだった?そうかもね。

色んな批判はある。ただああいう行動を実際に起こす勇気と比べたら、安全な場所から批判することなんて何の意味もない。対案のない”的確な"批判、行動の伴わない”美しい"意見の表明なんて無視してヨシ。そんなのはまとめてつくだ煮にしても食えないのだ。

香港人は、彼らの勇敢な行動を目の当たりして気付いた。長いものには巻かれるのではなく、自分の意見を持たないといけない、と。持ってたはずの意見は、実は自分の頭で考えたものではなく借り物の意見だと気付いてしまったのだ。斜に構えていればオトナっぽく見えるし、政治問題で熱くなるのはガキンチョのやることだと思っていたのに、今回はそのガキンチョにほだされてしまった。どんなオトナも、彼らほど純粋な気持ちで香港の将来を憂えたことなどなかったからだ。香港は自分がこれからも住んでいく街なのに。

そういう意味で今回のデモ隊の功績は香港の民主化への先鞭をつけただけではない。会社で、家で、友人との飲茶で、そこかしこで香港の将来についての議論が始まっている。全世界で本当の意味で自由と民主を享受している国は30%にも満たない。民主と、その前提となる自由(特に言論)は水と空気ではなくゴールドとダイアモンドである。大変な労力をかけて獲得するものだ。今では自由と民主の象徴のように言われるアメリカですら、建国以来おびただしい数の人の苦渋と挫折と敗北の上に成り立っている。

香港のオトナたちは、彼らのおかげでそのスタートラインに香港が立っている、ということを自覚した。民主化を要求する若者たちの青白い炎が少しだけ自分の中に灯り、考えを深めていこうと決意した。 その触媒として今回の民主化デモが果たした役割は非常に大きい。

歴史の常として、一定の所得以上の中間層が分厚くなってくると政府にアカウンタビリティを問う。独裁政権ではアカウンタビリティは果たせないが、香港は十分に民主化を果たしうる所得水準にある。後は、中国共産党の一党独裁がいつまで続くのかということに関わってくる。独裁政権も同じく、中間層が分厚くなることによって社会が民主化していくことは歴史が証明している。

なので今、香港人に民主の灯しびをつけておくことで、今後中国が政治的にソフトランディングするにせよハードランディングするにせよ、政治的混乱に巻き込まれたときに毅然として「香港独自の民主制」を主張できるようになる可能性がぐっと高まる。 今回のデモは短期的には失敗だったが、長期的に民主化が成功するための種まきは十分だったと思う。

 


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