デバイスも便利だが本屋もいいぞ

2010/08/21 13:44


本屋さんで本、買ってます?

香港に居ると日本の活字に飢えるのか、香港に来てからの方が本をよく読むようになりました。アマゾンで昨年1年間に買った本は150冊くらい、合計38万円にもなってました。全部読んでるわけでもなく、積ん読になってるのが半分以上あります。

香港人の妻には「読まへん本ばっかり買うて、邪魔や。売るか捨てるかどっちかにしー」と完璧な関西弁で小言を言われ、売ることも捨てることも出来ない私は部屋の一角を占める本スペースを会社に移動させ何とか彼女の神経をなだめようと努力するのでありますが、読みたい本・読まなければいけない(と本人が思っている)本はどんどんたまっていくのであります。

そこで、今流行りの「キンドル」や「iPad」に本を集約させればいいじゃないかと前々から思っており、iPadやキンドルを手にとってみた…

だがどうもしっくりこない。当然だが、キンドルやiPadはたいがいの本より重い。そして金属なので硬い。それで字を長時間読むと本当に疲れるのだ。ニュースのような記事をさらっと読むには適しているが長時間持ち続けるのはしんどいのだ。

それに筐体の硬さ… 本だと「しなる」ので人体に優しいが、デバイスは容赦なく硬い。読まない本(しかし本人は将来的には読むと考えている)が増えるにつれ、妻の不快指数メーターが上昇していくのだが、やはり紙の優しさにはかなわない。

それに、デバイスで検索して本を買って…という行為は目的的である。まずは買いたい本が先にあり、それを検索し購入する。ここには何のアクシデントもない。アクシデント的読書も必要だと考えている私にはこの目的的読書行為というのに面白みを感じない。

たとえば最近本屋さんにふらりと入ってアクシデント的に買った本に、講談社現代新書の「馬車の文化史」というのがある。これを買っても少しだけ教養度はUPするかもしれないが、馬車の文化史を人に話しても喜ばれないこと必至だし、これで相場解析の技術が上がるわけでもないし、啓発されてヤル気が出るわけでもないし、仕事をうまく片付けるテクニックが身につくわけでもない。要するに人生に何等の物的な付加価値をもたらさない本である。

しかし買った。馬車という時代遅れも甚だしい乗り物の文化史を研究している人がいるというのは愉快な話だ。その人も誠に純粋で汚れない知的欲求に突き動かされ馬車を研究しているのだろう。その事実を知るだけでホッとするのです。

こういった買い物は本屋でしか出来ない。アマゾンにも似たような本を検索して提示してくれるサービスはあるが、同種類の本ばっかりになってしまう。

WSJでは「書店の終わり」が言われている。大手書店のバーンズ&ノーブルがMAされるなど、書店の苦境が伝えられて久しい。てっきり「自分はデジタル・デバイス派で、本屋はなくなっても自分には影響はない」と思っていたが、意外とそうでないことに、デバイスを手にとって初めて気付くのだ。