香港金融人インタビュー 津田弁護士・マイペースな突破力 2/5
2009/06/30 01:13
小椋 : 高校時代は何してはったんですか?
津田先生 : 高校時代は部活やめました。勉強しようと。
小椋 : やっぱり1年生のときからガリガリ勉強してたとか?
津田先生 : いやいや、1,2年生のときは遊んでばっかりでしたよ。本格的に勉強し始めたのは高校3年生になってからです。
小椋 : 法学部目指したのは何がきっかけやったんですか?お父さんが弁護士とか?
津田先生 : いや、父親は中小企業の経営者でした。もう会社はたたみましたけれども。僕が弁護士目指したきっかけはですね、単に法律知ってたら何かの役に立つやろうと思っただけなんです。
経済学部っていう選択もあったんですけれど、数字嫌いやし自分に向いてなさそうやから経済学部は目指しませんでした。
小椋 : 京都大学に現役合格してからは、テニスサークルに入ったんですよね。
津田先生 : チャラチャラしてたってわけじゃないですが、テニスサークル行ってコンパ行ってましたね。大学にはほとんど行かずに、ノートコピーさせてもらって定期試験だけ受けて。まぁ大学生なんてそんなもんですよね。
小椋 : 僕は大学の授業は行ってましたよ。
津田先生 : そりゃ失礼。で大学二回生のときに司法試験予備校に通い始めたわけです。サークルと、予備校と、バイトもしてましたから忙しかったですねー
小椋 : 先生いつ司法試験合格したんでしたっけ?
津田先生 : 四回生のときです。
小椋 : てことは、大概の学生は三回生から就職活動始めますから、みんなが就職活動しているときに先生は猛烈に勉強をしてたわけですね。
津田先生 : そうですね。ある程度覚悟を決めて勉強してました。1999年でしたから、就職活動も厳しかったのですが、新卒でなくとも就職はできるという雰囲気でしたので「2回目までの受験で合格する」という気持ちでやってました。
三回生のときはそりゃ勉強しましたよ。勉強時間を作らなきゃいけないのでバイトを減らしました。バイトを減らすと収入が減るので、下宿を出て実家に戻ったんです。
なので大学は京都で、司法試験の勉強は大阪でやりました。お昼ごはんにおにぎり持って行って食べてましたし、120円の缶コーヒーを飲むかどうかも迷ってました。昨日缶コーヒー飲んだから今日はやめておこう、というふうに。
小椋 : その貧乏生活に耐えて、結果的には一回で合格した、と。
津田先生 : 四回生のときに一回で司法試験に合格できたのは自分でも予想してませんでした。合格する気ではおりませんでしたのでびっくりしましたね。
小椋 : それから司法修習に行かれたんですよね。
津田先生 : ところが違うんですよ。司法試験に合格し、大学を卒業してから1年遊学してるんですよ。
小椋 : 大学も現役で受かって、司法試験も浪人せずに済んだのに、意外なところで浪人生活してたんですね。
津田先生 : そうなんですよね。まぁなんというか、普通の大学生の生活をしてみたかったからなんです。三回生四回生と勉強に明け暮れてましたし。もともと司法試験には2回目で合格するつもりだったんですが、ラッキーなことに司法試験に1回目で合格しちゃったから、自分の中の予定が1年ぽっかり空いた形になって。
その1年は自分の好きなことをしようと。バイトして、お金ためて海外旅行に行きました。
小椋 : 海外旅行はどちらに?
津田先生 : 中国です。もともと三国志が好きで、中国の歴史や中国の風景には興味があったんです。北京から、洛陽、西安、桂林、上海と主要な都市を回りました。
関羽のクビ塚や兵馬俑、故宮博物館なんかを見て回って感動していました。中国が始めての海外旅行でしたからね。それに外国人とわかるとすごく優しくしてくれる人と、すごく厳しい人がいてそれも新鮮な驚きでしたね。
今と違って言葉も分からなかったので楽な旅行ではありませんでしたけれども、これをきっかけに海外旅行にいくこと自体が趣味になって。その後毎年海外旅行に行くようになりました。中国と関わる仕事をやりたいなぁとボンヤリ考えていたのもその時からです。
小椋 : そこで人生のパズルがハマったわけですね。弁護士+中国と。
津田先生 : その時はまだ、弁護士業務に中国関連の仕事があるということを具体的に知りませんでしたから、ボンヤリとしたイメージでしかなかったです。
小椋 : 京都大学を卒業し、1年間の遊学の後に司法修習に行かれたと。そこでもやはり勉強漬けの毎日なわけですよね?
津田先生 : いや、遊んでばっかりでした。言い訳になるかわかりませんけれども、司法修習は社会と接点を持つこと自体が勉強でしたから。修習仲間と飲んだり合コンしたりの生活ですね。
司法試験に合格した人の中でも社会経験のある人もいますし、修習の中で法律事務所にも行きますから、そういう方たちの話はとても参考になりましたね。
小椋 : 修習中に今の奥様と知り合ったんでしたっけ?
津田先生 : そうです。合コンで知り合いました。会ったときはそんなに意識してなかったんですけれども。合コンの後、会ってみよかと思って連絡をとったわけです。
小椋 : 先生のほうからアプローチをかけたんですね。お付き合いしてからすぐに結婚したんですか?
津田先生 : いや、結婚までに二回破局を迎えてるんです。二回とも僕のほうがふられて。
小椋 : 結婚は、突破力がなかったわけですね。またなんで。
津田先生 : 今も二回ふられた理由は分からないんですけれどもね… 世の中には分からなくていいこともあるので、そのままにしてますけれども。
小椋 : たしかに。笑 ところで、修習中は公務員に扱いみたいになるのですよね? 貧乏生活から抜け出して、定期的に給料を得る生活というのは良かったんじゃないですか?
津田先生 : それがですね… なぜだか分からないんですけれど、修習中は借金大王でした。クレジットカードの請求が、月25万円の時もあって。それって修習中の手取り給料よりも多いんで、参りましたね。
小椋 : 何にそんな使ったんですか? 20代前半の若者が月25万円使うってなかなか大変ですよ。
津田先生 : それが良く分からないんです。たぶん、最初は少なかったんでしょうけれども、知らない間にどんどん膨れ上がってきて。クレジットカードの利息か何かかな?
修習中、生活するための現金がないんで修習仲間にカネ借りてました。たまにコンパに行くと、みんなの飲み食い分クレジットカードで立替払いをして、みんなから現金を徴収し、徴収した現金で生活してましたね。
小椋 : それって自転車操業になりますよね。立替払いの請求は翌月来ますから。現金が一気に出て行ったら、またコンパして現金を集金するほかありませんね。コンパしたくてコンパするんではなくて、現金を集金するためにコンパしてたりして。
津田先生 : まさにそうなんです! 自転車操業に陥りまして、その自転車操業は修習が終わるまで続いて、弁護士事務所に入って弁護士登録をするときの登録料十数万円が払えなくて、入ったばかりの事務所に泣きついて登録料を立て替えてもらいました。
小椋 : それは情けない話ですね。
津田先生 : 事務所からはボーナスから弁護士登録料を分割払いで引かれてました。笑 だから、今でも破産した人の気持ちがよく分かるんです。
破産する人たちはよく「いつの間にか借金が膨らんで…」と言いますが、私は「そうですよねっ!いつの間にか膨らんじゃいますよねっ!」と心の底からうなずくことができるんですよ。
小椋 : 今の奥さんに2回ふられた原因はそのあたりにあるかもしれませんね。笑
明日からもう少しシャキッとした話になります。


