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2010年のバスジャック事件の始末 | AMG Wealth Management - 資産運用アドバイザー
Ogura Manabu
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行政長官CYリョン


2010年、フィリピンで旅行中の香港人25人が拉致され8人が殺害される事件が起こった。事件の詳細はこちら(Wikipedia)。

この時から香港とフィリピンはちょっとした冷戦状態となっている。日中や日韓のように非難の応酬があるわけではないが、香港はフィリピンを渡航危険国に指定しており、香港居民に対して必然の事情がない限り渡航しないほうがいい、とアドバイスしている。

香港政府はフィリピン政府に犯人の扱いかたに問題があったとし、フィリピン政府に遺族に対する謝罪と補償、さらに事件を担当していた警察官への処罰を要求しているがフィリピン政府は聞き入れない。そこで新たに外交ビザの発行を厳格化する"制裁"を加えようとしている。

この問題、どちらの言い分もよく分かる。

フィリピン政府にしてみれば、あのような極限的な状況では結果責任となる。被害者が出なければ正しい行いで、被害者が出れば間違った行いとなる。今回は、交渉役となった犯人の弟を逮捕したことから犯人が激情して発砲しまくった。

この「弟を逮捕する」という行為が当時も大きな問題として取り上げられた。犯人の家族を逮捕し、弟を解放したければ人質を逃がせという論法は、少なくとも成立する。しかしその結果が悲惨だったので弟を逮捕したことは「間違っていた」ということになる。それが遺族の怒りの原因となっている。さらにフィリピン政府が事件解明に本腰を入れようとしなかったことから外交問題にまで発展してしまった。

この事件で、誰がどのように解決するかは大変に難しい問題だ。犯人は事件当時射殺されて既にこの世にいない。

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